今は私はたった一人で仕事をしています、もちろん仕事をするときの相棒は今使用しているノートパソコンです。このノートパソコンがないと仕事の発注から納品までできないし、営業から経理までこなしているのでパソコンに何かあっては開店休業中になってしまいます。だからコンピューターウイルスに対しては企業と同じレベルで対策をしているつもりです。もしもちゃんとメールセキュリティ対策をしていなかったら、きっと私のパソコ
メールセキュリティをしないと怖いことに... の続きを読む
一九八八年の暮れも押しつまったころ、東京・六本木での話である。その年の十月に開局したばかりのFM局「J‐WAVE」に、何人かの男たちが集まっていた。彼らは、ミーティング室にこもっては、それぞれ待ち寄ったサンプル曲を聞きながら議論を続けていた。話が終わらずに日が落ちると、局のそばにある飲食街に出ては夕食の席で話を続ける。そんな集まりが毎週一、二回、定期的にあった。彼らは東芝、ビクターといったメジャー
一九八八年当時のJ‐WAVE... の続きを読む
「妹は、早くから子供に恵まれて、子供はもう中学生。うちはなかなかできずに、ようやくできたと思ったら、私かこんな病気でしょう。うちの子はかわいそうだわ。まだ小さいのに、親が病身で。妹のうちの子の方が、恵まれてるわ」病を得たつらさを表現するにも、妹に対する屈折した思いを表出していた彼女。その気持ちを、妹に直接ぶつけている場面も、何回か目にしました。小さい子を残しての入院は、彼女にとって本当につらい時間
妹に対する屈折した思い... の続きを読む
今のところ医者は売り手市場で、各病院が多数の優秀な医者を集めることは容易でないため、大学単位、教室単位で一括派遣を依頼せざるをえないという現実の条件も見逃がすわけにはいきませんが、いずれにしろ強固なタテ社会が構成されていることは明らかです。このように強いタテ社会構造でかためられ、お互いに他の系列を尊重して侵さないという仁義が支配しているものですから、容赦のない内部批判によってプロフェダソヨン全体と
西欧風の仕組みは機能しない... の続きを読む
札幌への思いを断ち切ったM医師は、以前にもまして診療に精力を注いだ。診療所内だけではない。いろんな場面で村の人々の中に積極的に入り込んでいった。だがそのぶん、家族とゆっくり過ごす時間は短くなってしまう。妻のTさんと二人の子どもは、いつも白衣を着て働いている父親の後ろ姿しか見ることができなかった。家庭の団欒など、ほとんど望むべくもなかったのである。「医者としては精いっぱいやってきたつもりです。でも家
医者としては精いっぱいやってきたが家庭人としては落... の続きを読む