女性にとって一生の思い出の品となるのは、婚約リングや結婚リングです。ひと昔前、テレビや映画館で、「婚約リングは男性の月収の三倍」というCMが流されていました。これは、当時世界のダイヤモンド市場を統率していたデービアス社が日本市場攻略のために張ったキャンペーンの一環です。経済成長が勢いを増して、驚異的な繁栄に向かって進んでいく昭和四十年代の日本を見るなり、アメリカや西ドイツに次ぐ巨大なダイヤモンド市場として日本のマーケットをとらえ、すかさず莫大な予算を注ぎ込んで、この「給料の三倍」という洗脳広告キャンペーンを展開したのでした。これに、日本中の若者や親御さんがまんまと感化されてしまい、月給の三倍するダイヤでないと負い目を感じるような心理状況を醸し出し、婚約リングに「月収の三倍」というイメージをまとわせてしまったのです。当たり前のことですが、月収の三倍などという決まりや習慣は、もともと世界中のどこにもありませんでした。女房のつけている婚約リングで亭主の給料がバレてしまうようなことは無視するべきでしょう。硬度や輝きから、婚約の証としてダイヤモンドが婚約指輪には最適かもしれませんが、最初のデートの思い出として、川で拾った石を婚約リングにしても構わないのです。女優の高峰秀子さんが三十年前に『私の結婚指輪』というエッセイを書いています。要約すると次のようになります。「私は結婚指輪だけは夫に買ってほしいと思った。当時、安月給だった夫は何処で工面したか、ケシ粒ほどのダイヤモンドが幾つか並んだ結婚指輪を買ってくれた。それはささやかな物であったが、私はかえって、分不相応に背伸びしない彼の性格が分かって嬉しかった。結婚してから十九年の月日がたって、夫はその間にダイヤモンドをケシ粒から米粒に、米粒から小豆粒の大きさにしてくれた。今は、怠け者の私にはもったいないほどの大粒のダイヤが美しい光を放っている。私は生まれつき物に執着を持たない女だけれど、エンゲージ・リングとマリッジ・リングは、夫の歴史が刻まれた宝物として大切にしている」年齢を重ねるにつれて、生活スタイルも変われば社会的ステイクスも上がっていきますから、宝石もそのときの自分を表現する必要がある。高峰さんのご主人は次第に大きなものに買い換えることによって、自分たちの歴史を刻んだのです。ケシ粒が小豆粒になっていくなんて素敵な話だと思いませんか。見栄を張って、「月収の三倍」などという宣伝に踊らされることはありません。