結婚式前夜の花婿の失踪

2011.05.16

カップルの双方を個人的によく知っていた関係から、私は二人を紹介し、あげくの果てに仲人役を引き受けることになったのです。ですから、今、流行の“頼まれ仲人”ではありません。結婚の話がまとまり、いよいよ挙式を翌日に控えたその日の夜に、突然、男性の母親が来訪しました。息子が昨日から行方不明となり、今まで待っていたけど、もう黙っておられず、どうしたものかと相談に来たというのです。〈息子は失踪したのではないか。としたら明日の挙式はお流れになるし、先方にどう話していいか分からない〉と、ただオロオロするばかりでした。「何か失踪するような原因が思い当たりませんか?」「いや………それがないんです……」私には、何かある、そのことをこの母親は知っているなという感じがしたのですが、それ以上は追求しませんでした。「もしかしたら、どこかで男友達と結婚前のパーティかなんかで酔いつぶれているのかもしれませんよ。もう少し、待ってみましょうよ」ということで真夜中に引きとっていただいたのです。もちろん、仲人役の私だって気が気じゃありません。責任を感じて、もし、式が流れることになるとしたら、破談にでもなったらどうしたものかと、案じてなかなか寝つけません。それから、二、三時間後、その母親から電話があり、〈息子が帰ってきたので、明日の結婚式は大丈夫です〉ということで安堵。これで一件落着。息子がなぜ一昼夜の失踪をしたのか、どこで何をしていたのかを、聞き出すのは後にして、とにかく挙式ということになりました。後で分かったことですが、息子の“家出”は、式の二日前に新居のことで息子と母親が言い争ったことがきっかけだったそうです。嫁との生活を独立した会計であがないたいという息子の願いに反し、母親のほうは息子に給料を家に入れさせ、母親が家計を管理することを主張したというのです。この息子の場合も、父親は数年前に死去。兄一人、妹一人の三人の子供のうち、何かと次男坊のほうをこの母親はコントロールする傾向が強かったのです。結婚することでその母親から自立することを願っていたので、その母親との同居と、家計のコントロールを強いられるのがたまらず、大口論。そして式の前夜に家出、とエスカレートしたというわけなのです。花婿の一昼夜の“失踪”事件があったことは露知らずに、花嫁は式に臨みました。式や披露宴に連なった人たちの目には、きっと“幸せな”カップルに映ったにちがいありません。しかし、花婿の心は決して穏やかではなかったのです。口論の火種となった問題をこれからどう解決してよいやら分からず、心に痛みを感じながら式に臨んでいたのです。このカップルと母親心との葛藤はそれから何年も続きました。しかし、結果的にはその苦渋の連続が、この二人の間に夫婦としてのきずなを固めさせることになったようです。
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